研究テーマ

筑波大学で唯一の鉄鋼材料の研究室として

工学部らしい世の中の役に立つ研究

 

 ナノ材料、スマート材料、超伝導材料、バイオ関連材料など様々な新素材はありますが、生活の基盤を支えているのは鉄鋼材料です。人類は鉄器時代から鉄を利用してきたので、鉄と鋼に関する膨大な知識と技術を持っています。鉄鋼業は国家を支える巨大な産業です。こういう成熟した分野で自分のオリジナリティをどこに求めるのか? 私が選んだキーワードは「窒素」「強磁場」「低温」「共同研究」です。

 

「窒素」 最も多く使われている鉄鋼材料は鉄に炭素を入れた炭素鋼です。窒素は炭素と同じようにbccfccの鉄の八面体位置に浸入しますが、ガス元素だから”泡”になりやすく材料を脆化するため嫌われてきました。しかし、上手に入れることが出来れば、強くて錆びにくい鋼が得られます。また“泡になりやすい”は“抜きやすい”に等しいので、リサイクルが容易です。強い鋼を得るために添加するコバルトやモリブデンなどのレアメタルが、我が国の経済を弱体化させる武器として使われようとしているので、それらを使わない高性能鋼の開発は我が国の将来に貢献できると信じています。原料は入手容易でも、高度な製造技術が無ければ作れない鋼。工業技術で世界の頂点に立つ我が国のアドバンテージが最大限に発揮される材料になると信じています。

 

「強磁場」 磁場は温度や圧力、電場と同じように物質に作用する外場です。特にbcc鉄のような磁性体には強く作用します。一方、同じ鉄でも磁性を持たないfcc鉄には効きません。従って、常磁性のfcc鉄が強磁性のbccbct鉄に結晶構造が変わるとき、磁場の存在は相変態に大きな影響を与えます。温度を変えると相変態が進んだり、止まったりするのは小学生でも知っていますが、強磁場を使えば温度を変えることなく"変態の駆動力"を加減することが出来ます。また、磁場は温度と違って方向性があるので、方向性のある駆動力を発生することが出来ます。筑波大学低温部門では得られない19テスラ以上の強力な磁場を求めるときはハイブリッドマグネットを借りに行くこともあります。

 

「低温」 溶鉱炉の温度領域の対極に位置する実用から遠く離れた世界ですが、格子間原子の拡散が抑制されるから高温で起こる複雑な相変態を単純化して眺めることができると私は考えています。強磁場と組み合わせれば、格子間原子の拡散を抑え込んだまま変態を進行させることも出来るので、拡散の影響と駆動力の影響を分離して考える事が出来るようになります。

 

「共同研究」 我々の研究室は低温部門内にありますので、材料系研究室では所有している例が少ない低温関連の測定装置と、窒素やヘリウムなどガス関連の設備と技術に恵まれています。そこで、学外の材料系研究室の試料を低温で物性評価したり、逆に我々の試料のTEM観察やEBSD測定を依頼したり、企業の方々に生産技術の観点からアドバイスを頂くなど、お互いのストロングポイントを有効利用して研究を進めています。

 

 

具体的な研究テーマは大きく分けて四つあります。

 

安価でエコな高窒素鋼の研究開発と合金探索

 おびただしい種類の鉄や鋼が開発されてきましたが、いま注目されているのは窒素を入れた鉄です。作りにくいですが、安い、強い、リサイクルに適している、錆びないなどの特徴があります。我々は高性能な窒素鋼の作製法開発と特性評価を行っています。現在は、オーステナイト鋼の恒温変態挙動を調べ、炭素鋼とどのように違うのか、どんな組織が出来るのか、を調べています。これは、実用化するときに必須となる熱処理のガイドラインを作る仕事です。やはり窒素鋼は炭素鋼と違います。そして、窒素の良さを最大限に発揮する添加元素や組織を探索し、それらを実用化する方法を確立します。

 自動車部品や金型などに使われる材料の開発ですから、最終的に企業との共同研究になります。「守秘義務」という発表に関する制限が付くこともありますが、将来自分が開発した材料が様々な機械に使われるのを見たい人や、鉄鋼関連の企業に就職したい人に向いているテーマです。炭素鋼、窒素鋼の相変態や組織形成は金属学の基礎ですから、材料系に就職する人に必須の知識と経験を積むことが出来ます。九州大学の土山研究室と共同で研究しています。

 

 

一次相変態の研究

 鉄鋼のマルテンサイト変態は過冷度が大きく、大きな潜熱を発生する一次相変態です。一般に一次相変態は明瞭な時間依存性を示しますが、どういう訳かほとんどの鋼のマルテンサイト変態は時間に依存しない非等温変態です。その理由を調べるため、液体ヘリウムや超伝導磁石を使い、拡散を抑制した極低温での変態挙動を測定しています。このテーマは新しい材料の開発に直接つながることはありません。しかし、長い間の謎を明らかにする仕事です。ここでも、炭素鋼よりもオーステナイト固溶限の高い窒素鋼が役に立ちます。私は窒素オーステナイトが時間に依存するマルテンサイト変態をする希な鋼の一つであることを見つけました。低温実験なのでSQUID磁束計(MPMS)や物理的特性評価装置(PPMS)、低温熱分析装置(DSC)を駆使します。鋼のマルテンサイト変態と違って繰り返し変態させることが出来るため実験しやすい形状記憶合金も使い、思索にふけっています。

 

 

チタン合金の研究

 磁石に着かないチタン合金は私の関心外でしたが、一次相転移の研究でTiNi合金を弄ってみたり、金研究室のゼミで形状記憶の話を聞いたり、私が活動する日本鉄鋼協会と日本金属学会が「チタン・チタン合金」の共同セッションを開催するのを眺めているうちに関心を持つようになりました。磁性の有無にかかわらず、構造材料(=力学物性)こそ金属の長所が最も発揮される用途だと思います。H26年度スタートの内閣府”戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:エスアイピー)「革新的構造材料」(c)耐熱合金・金属間化合物等の開発”に参加させて頂けたので、チタン基構造材料の物性測定や窒素鋼で経験を積んだガス元素関連の仕事を始めました。また、金研究室で生体用に開発された低ヤング率合金の応用研究をやっています。

 

 

材料研究用低温or高温測定装置の開発

 低温センターに設置されている共同利用装置のMPMSとPPMSを使うと、材料研究で考えつく殆どの低温物性測定をとても効率よく出来てしまいます。昔のように装置作りで何年も費やす時代ではありません(物理学の研究なら、より低い温度を求めるなど特殊な装置を作る分野はありますけどね)。アタッチメントを自作するなど、MPMSとPPMSのひと味違う使い方を試したり、これらの装置の守備範囲から外れる力学物性などの材料特性を評価する装置を作りたいと考えています。そして、これら技術を転用して高温の実験装置を作っています。